2004.09.12放送

今森光彦さんの琵琶湖の自然


今週のベイエフエム/ザ・フリントストーンのゲストは今森光彦さんです。

 琵琶湖のそばで生まれ育ち、近くの里山にアトリエを構える写真家の「今森光彦」さんをお迎えし、子供のころから見てきた琵琶湖という湖についてお話をうかがいます。「今森」さんは琵琶湖の、特に水辺に着目、琵琶湖水系に生かされている生き物や人間の営みを写真や文章で表現されています。今回はそんな琵琶湖のお話ほか、里山をフィールドに行なっている活動についてもうかがいます。

◎琵琶湖を被写体としては考えていなかった
●前回出ていただいてからもう4年が経ちました。早いですね。
「4年ですか。あっという間ですね」

●でも、あっという間の間にも今森さんは忙しくしてらっしゃって、今年、世界文化社から琵琶湖に関する本を2冊出していらっしゃるんですが、1冊は写真集「湖辺(みずべ)〜生命の水系」で、もう1冊が「藍い(あおい)宇宙〜琵琶湖水系をめぐる」なんですが、この2冊は同時進行で作られたんですか?
「そうです。同時進行です。同じテーマなんですよ。片方は写真だけを楽しんでいただく純粋な写真集なんですけど、もう1冊は写真では表現できなかったところを私のエッセイで、もうちょっとフィールドにいらっしゃる方々との触れ合いを描きたいなと思って作ったんです」

●「藍い宇宙〜琵琶湖水系をめぐる」の前書きにも書かれているんですけど、今森さんは琵琶湖に被写体としてカメラを向けていなかったそうですね?
「そうですね。このテーマが始まってから8〜9年くらいになりますので、ちょっと経つのですが、それまでは長く撮影している割には、実際には撮っていなかったですね。僕の家からも近いし、フィールドに通うとき毎日琵琶湖を見ますので、琵琶湖って物凄く身近なんです。それまでは身近だけども、わざわざ写真を撮るということはなかったんです。で、生き物を撮ったり、里山の田んぼとか雑木林を撮影していましたよね。そういう撮影をしているときも、いつも遠くに琵琶湖が光っているんですけど、実際にカメラを向けることはなかったんですね。
 僕としては、いつも琵琶湖を排除しているのではなくて、私の中にいつも中心的に母なる自然としてあったんですね。あったからわざわざ撮る必要はないと思っていて、言い方を変えるといつも逆に琵琶湖を撮っていると思っていたんですね。けどもある時に、あるアマチュアの写真をやっている人に『どうして琵琶湖を撮らないんだ』って言われて、見たら本当に撮っていないことに気がついて(笑)、ただ、撮りたいなとは思ったんですけど、いざ琵琶湖を撮るとこれがまた、なかなか一筋縄ではいかない被写体なんですよ(笑)。大きいというのと、これまでにあまりに多くの人が琵琶湖を撮ったり、歌で表現したり色々な表現で語られているので、自分は何が出来るのだろうかという思いもあって、まだその道が開けなかったのでしょうね。ところが、8〜9年前に漁師さんに出会ったのが具体的なキッカケですね。『これは撮ろう』と、それからかなり撮り始めました」

●じゃあ、その漁師さんに会わなかったら・・・。
「撮影するのがまだ遅れてたかもしれない。いつかは撮影をしたいと思っていたんですけど、その動機が遅れてたかもしれないですね」

●その辺の詳しいエピソードは「藍い宇宙〜琵琶湖水系をめぐる」という本の中に書かれていますので、是非読んでいただければと思います。今回、改めてこれだけ湖自体の写真を拝見すると、『今森さんはこういう風に琵琶湖を見ていたんだなぁ』っていうのが見えてくるんですが、作品として仕上がって、ご自身で改めて見てみてどうですか?
「今回の写真集、一連の仕事は、基本的に足元なんですね。タイトル通り湖の辺って書いて『みずべ』って呼んでもらっているんですけど、足元の琵琶湖なんですね。自分が立っている砂利のところの下、そこが波打ち際なんですね。そこが僕にとって一番思い出深い場所で、今でも大切な場所なんですね。特に今回の撮影は大雑把に言うと、そこの足元のところを描きたかった。その水際というのがすごいところなんですよ。生き物が一番たくさん集まっている場所で、人間もそこで琵琶湖と接点を持っているわけですよね。そういう意味では、今までやってきた里山の環境にたいへんよく似た考え方で、琵琶湖に接することが出来るんですね。そこで暮らしていた人達が漁師さんだったということなんですね」

◎生きている水“川端(かばた)”
●パッと見た感じでは海のように大きな琵琶湖なんですが、琵琶湖の特長って大きさだけではないじゃないですか。今森さんから見て、他の特長ってなんですか?
「まず、日本で1番大きな湖ですね。それと、もう1つ特長があるとしたら、流れているというか、動いているということです。1つは撹拌(かくはん)作用があるんですね。例えば、周りに山がありますので、そこから雪解け水が流れてきて、その雪解け水が湖底を通ってず−っと下まで流れていって、撹拌してくれるんですね。ぐるーっと水が縦に循環しているんです。それと、琵琶湖の底の方に湧き水が出るんですよ。地下水が出ているんです。それも、山からの水で、地下に潜って表面の川にならないで、地下を潜って琵琶湖の中から出てくる水もあるんですよ。ですから、琵琶湖の水って意外に地下水で出来ている要素が多いんです。常に循環しているということですね。一番深いところで水深100mを越えているんですけど、それくらい深いと普通は下が無酸素状態になるんですね。酸素が行き届かないんです。ところが琵琶湖の場合は下まで酸素があるんですよ。それは、常に撹拌されている証拠なんですね。で、一番湖底まで魚が棲めるんですね。ですから、生物にとってあれだけ大きな琵琶湖が、ものすごく利用価値の高い揚水機を持った湖なんです」

●生物達にとっては、藍い宇宙そのもの?
「はい。藍い宇宙そのものですね」

●「藍い宇宙〜琵琶湖水系をめぐる」という本の最初のほうに琵琶湖の絵がありまして、そこに流れている川がガーッと書かれていて、ここだけで30あります。
「名前のついている川で大体500あるといわれています」

●名前の“ついている”川?(笑)
「名前の“ついている”川で500ですね(笑)。あと、私が見るかぎり名前のついていない小さい川、これは普通、川とは呼ばないんですが、小川に近いかな。雨の日だけ出来るところ。僕はそれも川だと思っているので、そういうのも入れるとものすごい数になります。でも、それも琵琶湖水系を支えている生態系の中では、すごく大事な川なんですよ。大きい川も小さい川もみんな大事です。場合によっては人間が作り出した人工の水路、これも大事ですね。ですから、それだけの水が周りから毛細血管みたいに入ってきて、出ていくのは一番南側にある瀬田川の1本だけですよね。それが淀川になるんですね」

●今、お話に「人間が作った水路」とありましたが、琵琶湖周辺の集落には生活に密着した川端(かばた)という場所が家の中にあるそうですね?
「はい。家の中に湧き水が出るんですね。井戸水のようなものが出て、その井戸水を生活の中に使って、そこからオーバー・フローした水を、さらに大きな生け簀にためておいて、そこにコイとかフナを飼って、その大きな生け簀が外とつながっているんですね。コイは家の中も来れるし、外にも行けるっていう状態。その空間を川端(かばた)っていうんですね。その内側の家の中の川端は部屋と連続していまして、顔を洗ったり、お茶を入れるための水を汲んだり、水廻りのもの、大根を洗ったり魚の料理をしたりとか、水が必要な料理は全部そこでやるんですね。そういう生活の中で使われている空間です。ちょっとした小屋みたいになっているんです。そこを川端といいます」

●昔の日本は琵琶湖近辺以外にも、(川端は)結構使われていたんですか?
「ええ。どこでも同じような使われ方をしていたはずです。琵琶湖の一部のところで川端という呼ばれているだけで、琵琶湖にはいくつか残っているんですよ。でも、あまり多くないですね」

●減っていってるんですね。
「ええ。もう、どんどん減っています」

●風流さだけではなくて、すごく理にかなった水の使われ方をしていますよね。直接的に自然の恩恵を受けているんだというのも、肌で感じられますしね。それがあると、近くの川や、色々な意味で水を大切にしようという発想につながっていくものだと思うのですが・・・。
「そうですね。川端の場合は常に人の顔が見えるんですね。というのは、川端の水は家の中から湧き水が出るのですが、そこからオーバー・フローして一回り大きな生け簀に入った水は、隣の家に流れていくんですよ。どんどん隣の家へ。自分の家の生け簀に入ってきた水は上隣から来ているんですね。それが、どんどん下隣へ移動していくんですね。ですから、常にそこに人間関係があるというのがあります。あとは、湧いている一番キレイな飲み水なんですけど、それは当然のことながら近くにある川の水が地下を通って、それがなにかの原因で出てくるわけですよね。ですから、その水もどこから来たか分かっているわけですよ。遠くに山が見えているわけですからね。その山の水であることは間違いないですね。まさに生きている水なんでしょうね」

◎水に対する敬意
●今森さんご自身、琵琶湖は小さい頃から見て育った場所だと思うんですけど、今と昔を比べてみてどうですか? どう変わりました?
「意外に水の汚さってあまり変わらないですね。感覚的に、透明度は昔の方が汚かったんじゃないかと思うくらいです。でも、変わったのは何と言っても魚がいなくなったことですよ。それが一番の違いじゃないですか」

●琵琶湖って国定公園ですよね。自然とか野鳥の保護ってどうなっているんですか?
「水鳥は捕っちゃダメだし、木は切っちゃダメですね。琵琶湖の周辺にはヤナギが生えているんですね。国定公園だから、今はそれを切ってはいけないんです。ところが、昔は切っていたんですよ。切っていたので日当たりがよくて、そこにヨシが生えたんです。今、それが森のようになっているので、ヨシが衰退しています。でも、一方でヨシも守らなければいけないんですよ。ヨシを守ろうという運動もあるわけですよ。そこは、うまくいっていないかもしれないですね」

●でも、それって一番難しいところですよね?
「そうですね。ですから、多分ナショナル・パークなどの国定公園は、考え方からしたら割と西洋からきた文化ですよね。隔離して守るわけですから。それと日本の自然が相性が合わないんですね。だから、琵琶湖に適した決まりごとが出来ていいと思いますけどね」

●今の琵琶湖からすると、どういう決まりごとがあるといいと思いますか?
「色々ありますけど、昔からそこで農家や漁をされていた人達が良いという残し方ですね。簡単に言うとそれがいいと思いますね(笑)。今回、写真集とか『藍い宇宙〜琵琶湖水系をめぐる』に出てくる、田中三五郎(さんごろう)さんという80歳を超えられた老漁師がいるんですけど、僕はそのおじいさんから色々なことを学びました。その方の言っておられることが正しいですね。その残し方こそが、琵琶湖が残さないといけない自然ですね」

●そういう先輩から私達が培ってきた知恵や生き方って、どんどん失われていってるじゃないですか。悲しいかな、年とともにそういう方達が年々亡くなられていくということは、受け継がれてきたものが途絶えてしまう。それを受け継ぐ人達が話を聞ける場を持つというのも、大事なのかなという気がしました。
「とても大事だと思います。それも早くやらないと、次の世代はもう違います。三五郎さんに限らず老漁師さんがいるとしたら、その息子さんは考え方が大分違うんですね。同じ家族の次の世代で、もう考え方が違う。例えば、三五郎さんは飲み水は川端の井戸水を飲んで、お風呂の水は水道を使うんですけど、息子さんは逆なんです。川端の井戸水をお風呂に使って、水道を飲むわけですよ。これは考えてみたら、すごく恐ろしいことなんですね。同じものを逆に使っている。しかも全く違う用途で。だから、三五郎さんの場合は水を本当に信頼しているんですよ。飲むっていう行為は信頼の一番の極みだと思うんです。水に対して敬意を持っているんですよ。ところが、水道を使う連中は水に対して敬意を持っていないんですよ。大体、カルキ臭くないとおいしい水じゃない、みたいなね。それで、ちょっとでも浮遊物があれば飲めないと判断しますから。でも、そんな水のことと次元が違うんですね。そういう使い方が全く正反対なんですね。三五郎さんみたいな漁師の方の家庭ですらそうなんです。ですから、相当まずいですよね。 今、そういう方の、水に対する哲学だと思うんですけど、そういうものを学んでおかないと、ひょっとしたら大変なことになるかもしれない。そういうことも子供達に伝えたいなと思いますしね。それは今失われていますよ」

◎今森さんの里山
●今森さんは、写真集の「湖辺(みずべ)〜生命の水系」と、エッセイなども綴られている「藍い宇宙〜琵琶湖水系をめぐる」という2冊のほかに、福音館書店から「今森光彦フィールドノート〜里山」という本も出されているんですよね。先ほどお話で、「若い世代に伝えなくちゃいけない事がある」とおっしゃっていましたが、この本は子供達も読めるように感じに全部フリガナが書いてあって、これは家族全員で読めますね。この本はどういうキッカケで書かれたんですか?
「これは、僕が長年撮影してきたフィールドがありまして、そのフィールドに仕事場を作ったんですね。15年前に仕事場を作って、そこに活動の拠点を構えて仕事をしだしたんですけど、周りに田んぼや雑木林があって割とのどかでいい環境なんですよ。是非そこに仕事場を持ちたいなと思っていて、地元の人に言ったら土地が出て来まして、それでそこにアトリエを構えたんですけど、それから15年経ちまして、その15年前から現在までの、私がそこでやった活動の内容です。色々なことをやったんですね。写真を撮る以外にも、色々なことをして里山で遊んでいたんですよ。そのことをみなさんに紹介したいなと思って書きました」

●この本を拝見していると、ただ単純に「こんな風に遊んでみたいな」と思いますね。「そうです。完全に遊びです。僕としてはこういう遊びを見ていただいて、どのように里山と接したらいいかというのが分かっていただいたり、みなさんからアイディアが出るといいですね」

●今森さんは「今森光彦の里山塾」というのを琵琶湖周辺でやっていらっしゃいますよね?
「里山塾は今年から始まったんですけど、私が使っているフィールドにみなさんを実際にお連れして、体験してもらおうと思うようになったんです。地元の人と関わってもらえるようなことをしたいんですね。単に生き物の場所をみなさんに探ってもらうんじゃなくて、そこに住んでいる地元の方と触れ合ってもらうという風にできたらいいなと思いますね」

●じゃあ、今森さんのフィールドに直に行って、自分で感じてもらうというのがこの里山塾なんですね。今森さんは今後も琵琶湖の水や里山にこだわり続けていかれるんですか?
「多分、こだわるでしょうね。これからも僕の場合は日本をあちこち見ないで、琵琶湖周辺をやっていく。それと並行して、世界の里山も見たいんですね。それをひょっとしたら来年くらいから始めるかもしれないですね。世界にも日本の里山環境と似た環境はたくさんあるんですね。それを見たいと思っています」

●大きく括って、里山という意味では世界にも目を向け、琵琶湖、水という意味では今回は足元っていうところだったので、今後はもうちょっと深いところを見るという感じですか?
「そうですね。広く視野をもってと思っています」

●次回も楽しみにしています。今日はありがとうございました。

■ I N F O R M A T I O N ■
■写真家の「今森光彦」さんの著作紹介
・『湖辺(みずべ)〜生命の水系』(世界文化社/定価6,825円)
 琵琶湖の水辺で営まれている人と生きものの暮らしや四季折々の風景を、高精度の印刷技術で再現した写真集。
・『藍い(あおい)宇宙〜琵琶湖水系をめぐる
世界文化社/定価2,940円
 写真集『湖辺(みずべ)〜生命の水系』を文章で表現し、琵琶湖の豊かさを実感できる本。
・『今森光彦フィールドノート〜里山
福音館書店/定価2,940円
 今森さんの里山での15年の活動や遊びの記録をまとめた本。ふりがな付きなのでお子さんでも楽しめる1冊。
・『今森光彦の里山日誌』(DVD)
小学館/定価、4,410円
 田んぼと雑木林の四季が織りなす美しい映像や里山への思いが「今森」さん自身によって語られている作品。

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