2007年5月6日

徳川宗家第18代当主・徳川恒孝さんが語る
「現代にも引き継ぐべき『江戸の遺伝子』」

今週のベイエフエム/ザ・フリントストーンのゲストは徳川恒孝さんです。
徳川恒孝さん

 徳川記念財団・理事長で徳川宗家第18代当主の、徳川恒孝(とくがわ・つねなり)さんをゲストに、当時の江戸、つまり東京がいかに優れた環境共生都市で、人々はどういう暮らしをしていたのかなどうかがいます。

江戸の水は世界でも有数のきれいな水だった

『江戸の遺伝子』

●徳川さんは今年の2月にPHP研究所から『江戸の遺伝子』というご本を出されています。私達が江戸時代で一番なじみがあるのはチャンバラのドラマ等々だと思うんですが、そういったドラマって江戸時代の設定がすごく多いですよね。

「そうですね。江戸時代は全部で265年ありますからね。で、明治から今日までがまだ140年弱でしょ。だから、一口に江戸時代といいましても、最初の頃はまだ戦国から続いている時代で、それから、200年経った幕末は全く違う平和の200年のあとの世界ですから、一言で『江戸時代はよかった』とか『江戸時代は悪かった』って言うのはとても難しいんですよ。結局、260年間ずっと平和だったわけでしょ。で、これは世界的に見ても歴史上、ひとつの国できちっと政治があって、260年間全く戦争がないというのはほとんどないんですよ」

●また、当時江戸って人口も多かったんですよね?

「ええ。おそらく世界最大の人口を持った世界最大の都市だったと思います。はじめのときは、何もない葦の原の湿地に家康公が入ってきたわけです。でも、それからわずか100年経ちますと、有名な元禄時代になるわけですね。で、元禄時代からちょっと過ぎたあたりで、人口が100万人を超えたといわれているんです。その頃の大都市で言えば、ロンドンとかパリで50万人くらいですからね」

●そんな大都市がすごく平和で、しかもきれいだったそうですね。

「ええ。幕末に幕府が開国をしてしまいますね。それで、叱られて幕府が倒れるわけですけど、そのときに外国人がたくさん来ますね。で、その方たちが異口同音に言われたのが、江戸もそうだし、横浜から歩いてくる途中もそうなんですけど、『とにかく日本という国は素晴らしく清潔で、田畑は隅々まで手入れが行き渡っている』、『景色のいいところには茶屋がある』、『江戸へ入ると町が非常に清潔だ』と口々に言っておられたそうです。他にも『政治は行き届いている』、『人々は正直である』、『町はきれいである』、『女性達が誠に活発で読み書きがものすごくできる』ということも言われたようです。彼らが驚いていたのはきれいさと、もう1つ、日本中の人の読み書きのレベルが桁違いに高いということだったんですね。むしろ、彼らが発ってきたヨーロッパよりも識字率が高いというのも、大変な驚きだったみたいですね」

●徳川さんのご本『江戸の遺伝子』の中にも出てくるんですけど、江戸の上水は明治に入っても使われていて、明治3年に外国人技師によって行なわれた水質検査で当時、近代化していたロンドンの水質よりも江戸の上水の方が上だったそうですね。

「と、あの本に書いてありましたね(笑)。そのデータの非常に分かりやすいところが、まず江戸時代にできた玉川上水っていうのは素晴らしい性能がある。それから、ある一定のところで全部地下に管を通して、江戸中に6千いくつかの副水路になっていくわけですけど、その上流の部分でも取水する周りには絶対に建物があってはいけないとか、トイレがあってはいけないとか、非常に厳しい制限を設けていたんですね。上水は特にですけど、河川全体に対してものすごく厳しい水質管理をしたんですね。で、絶対にここにゴミを入れちゃいけないとか、水源地の木は切ってはいけないとか、すごく厳しくしていますから、おそらくそうだった(水質がよかった)んだろうと思いますよ。それともうひとつ、ちょっと汚い話になりますけど、テームズ川にしてもセーヌ川にしても、人間が毎日出している排泄物がそのまま川に入っていくわけね。ところが日本は、それを全部お百姓さんが持っていって溜めて、石灰を入れたり色々なことをして、大変見事な有機肥料としてお野菜などの育成期に使いました。だから、今は僕達が毎日出しているものはシュッとどこかへなくなってしまいますが、あれは大変貴重なものだったんですね。だから、昔はお百姓さんが江戸に来て、それを汲み取らせてもらうお礼にお金を置いていって、これが大家さんのポケット・マネーになって、それでみんなで長屋の花見に行こうかっていうことに繋がっていくわけですね。その部分がなかったっていうのが西洋の都市と江戸が根本的に違うところだと思います」

お互いが気持ちよく生きるためのソフトウェア『江戸しぐさ』

●今、日本でもみっつのR、REDUCE(リデュース)、REUSE(リユーズ)、RECYCLE(リサイクル)というのが認知されてきています。江戸時代にこういう言葉はなかったわけですが、リサイクルに近いことはされていたそうですね。

「そうですね。そんなことを言わなくても、この島の中には江戸の中期以降、3000万〜3200万の人が住んでいましたけど、外国から材木を積んだ船が入るわけじゃないし、タンカーが来るわけじゃないし、この島の中の資源で3000万の人が住んでいたわけですね。非常にバランスがよくとれていたんですね。ということは、あらゆる人が物を大切に使う、それをもう1回再生して使うということをやらないと、物が足りなくなっちゃう。ですから、物を大切にするというのは、観念的にというよりも、人口と資源のバランスという意味でギリギリのところでやっていたから、そういう習慣ができたんだと思いますね」

●ある意味、今のような何でもある時代から見ると、すごく上手にリデュース、リユース、リサイクルしていたように思えることも、当時の人達からしてみればそれが当たり前だったんですね。

「当たり前だったんですね。例えば、江戸の町にはたくさんの行商の人が天秤棒を肩にかけて、前にお魚を積んで売っている人もいれば、唐を入れて売っている人もいました。それは今も非常によく似ているからいいんです。そうやって歩いている人の3割〜3割5分くらいは物を買うほうだったんですね。だから、紙類は何が何でも買っていく。鼻をかんだ紙でも買っていきます。それから、古着、古布はボロボロでも買ってきますでしょ。髪結い床の床に落ちている髪の毛も買っていくんですね。これ、かもじ(今で言うエクステンションのようなもの)にあとで使うんですね。それから、かまどの灰は買っていきますでしょ。それから、ロウソクが燃え尽きると爪の先のようなロウが残るじゃないですか。あれも全部集めて買っていきます。で、材木は下駄のきれっぱしでも唐傘の折れたのでも何でも買っていきます。それと、もう一種類の直す人達がいて、割れたお皿をくっつけたり、穴の開いたお鍋を修繕したりもよく行なわれていました。ですから、物がとことん使われて、最後に残った生ゴミも集めに来てくれて、それで260年かかって埋め立てられたのが、今の永代島っていう島なの。これも、民間業者がやっていたんですね。なぜ、民間業者が争って残り少ない生ゴミを集めて埋め立てていったかというと、何十年か経って、埋め立てた場所がちゃんとした土地になると、その業者さんの持ち物になって、そこで業者さんは貸家を建てるとか、それを売るとかできるわけですよね」

●土地持ちになれるんですね。

「そうです。これは非常に頭のいいやり方で、民間活用というのはそういうやり方をするのがいいと思うんだけど、土地持ちになれる。だから、働いている人が子供のためとか孫のためという観念で働いていたというのも、今とは考え方が違うところでしょうね」

●お話をうかがっていて、昔の先人達ってすごく知恵があったなと思いました。

「そうですね。それは、お武家様は儒教で礼儀とかやっていますから堅苦しいのがありますけど、70万人くらいいた町人は出たり入ったりしていたんですが、狭いところに住んでいるんですよ。ですから、みんながギザギザしていたら不愉快で生きていけないですよね。ですから、『江戸しぐさ』という言葉も流行りはじめているんですけど、どうやって人達が衝突しないで生きていけるかっていうことをみんなで考えて、いろいろルールを作りながら生活する。で、そのルールがきっちりできない人は『あいつはまだ大人になっていない』という形でお店なんかでも偉くなれない。だから、町の中で生きていくための、お互いに気持ちよく生きるためのソフトウェアというのが『江戸しぐさ』というものだったんですね」

河川の見直しで東京湾の水もきれいになる

徳川恒孝さん

●江戸の町作りって考えたときに、最近も「自然との共生」という言葉をよく聞くんですけど、共生といっても最近のは無理矢理作り出してくっつけているような状況ですよね。

「都会ですから、自然をといってもなかなか難しいんですけど、今でも東京都には昔の江戸城があった場所に皇居があるので、すごく環境がいいですね。江戸の町というのは各大名の上屋敷、中屋敷、下屋敷とありましたし、大きなお寺もありましたから、ブロックで森林がたくさんあったんですね。そういったことが江戸の町を変わった町にしていた。大阪や京都はそれほど大きな緑地帯を持っていないんですね。ある意味では町に緑地を維持する権力者がいないとそういうことにはならないんですね。なので、相当気をつけて町並維持をしていたんでしょうね」

●ということは、江戸の町を作り始めた頃からその辺を頭に置きつつの設計だったんでしょうか?

「それは、1670年くらいに明暦の大火っていうのがありまして、江戸の三分の二くらいが焼けちゃうんですね。で、江戸城の天守閣も焼けてしまう。それで、お侍たちが『町よりも天守閣の再建を』と言ったら、幕府の偉い人達が『もう天守閣はいらない。天守閣を建てる金があったら、江戸の町の作り直しに当てよう』と言うので、今で言う何千億という金が江戸の市街の作り直しに使われるんです。それで、要所要所に先ほど申し上げた森のある場所を作り、配置換えをして、道を広くして、手痛い大火事の後に作り直しをしたんですね」

●それで言うなら、東京のような大都市になってしまうと、また大きな何かが起きて崩れないと、再建は利かないんですかね。

「その何かは起こらないほうがいいですけどね」

●自らの手で作ったものを壊すのって難しいじゃないですか。

「ただ、1つだけできるなって思うのが、河川の見直しなんですね。今は河川を全部コンクリート護岸にして、これは洪水とか高潮のときにはないと大問題になるわけだけど、河川を少し作り直すことによって、東京湾の水がものすごくいいきれいになる可能性があるわけですね。私の家には佃島の漁師さんから毎年、白魚の献上というのが今でも続いているんですよ。毎年3月1日に漁師さんたちがいらして、白魚をいただくんですけど、今年のはおそらく宍道湖で獲れたものですね。で、あそこは稚魚を放すところから始まりつつあるんですね。で、どうして東京湾ではできないのかといったら、稚魚が生き延びていくための藻の類が全くない。藻さえあれば、水質的にはきれいになっているので戻るそうなんです。そういう命を育んでいくような自然があれば、浅瀬で潮が満ちてくれば塩水になり、そこに小魚がたくさん隠れられるような藻があれば明日にでも戻ってくると漁師さんたちは言うわけですね。だから、これだけ人間に知恵があって、これだけ目の前に東京湾があるわけですから、川の水をもう少しきれいにすることと、川のコンクリートもあそこまでしなくたって、もうちょっと知恵があれば、大外はコンクリートでもその中に土を入れるとか、それをまた止めるとか、色々なやり方があるだろうと思うんですね」

これからは文化力

徳川恒孝さん

●徳川さんはWWFジャパンの理事もやっていらっしゃいますが、今後の環境教育のためにも江戸からヒントを得ることがたくさんありそうですね。

「そうですね。自然を悪者と見て、成敗してしまうという考え方が西洋の一般的だとすると、僕らは自然と一緒に生きていこうというものなので、文明自体が根本的に違うんですね。そういう意味では僕らの文明の方がずっと共生社会ですから、それを持っている僕らがそういうことをみんなに伝えていく立場なのに、自然は成敗してしまえという方に一緒になって走っているわけだから、そこを切り替えると、世界中の人が『ちょっと待て。日本のやり方を見てみようよ』、『あれ、なかなか素晴らしいじゃないか』というふうに言ってもらえるような国になる。せっかくそう思っているんだからなってほしいですよね。そういう思いを込めて『江戸の遺伝子』というタイトルにしたんですよね。
 国と国を比較するときに、経済力で『日本は世界で2番目の経済大国で・・・』って肩を張りますよね。あとは、軍事力も比較しますよね。今、評論家の方がお話になるとき、経済力と軍事力の話ばかりするんですよ。でも、もっと大事な文化力というものがあって、人が生きているスタイルであり、そこで持っている温かい人としての部分、これが文化力なんですね。ヨーロッパ人は文化力というものに非常に重きを置くんですね。で、アメリカだって少なくとも日本よりは文化力に力を入れていて、日本が今、経済力ばかり気にしているんですよ。僕もサラリーマンですから経済力が大切なのはよく分かるんですよ。経済力がないっていうのは今、ミゼラブルですからね。それはよく分かるんだけど、大事にするけれど、それにプラスして文化力ということをもっと考えていかなきゃいけないと思いますね」

●これも、ないものから始めるわけではなくて、すでに持っているものですからね。

「そうなんですよ。世界で燦然たるものを持っているわけですからね。それを、ちょっと忘れていたのかなというくらいの話ですから。今だって僕は非常に文化力が高いと思いますよ」

●いろいろな意味でも、私達が引き継いでいる『江戸の遺伝子』を思い出していただくためにも、このご本を読んでいただきたいと思います。また、お話をうかがわせていただければと思います。今日はどうもありがとうございました。


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■徳川宗家第18代当主・徳川恒孝さんの著書

江戸の遺伝子〜今こそ見直されるべき日本人の知恵
PHP研究所/定価1,575円
 江戸時代の制度や環境、文化や伝統、教育など、これまであまり語られていなかった視点で江戸という時代をわかりやすく綴っている他、同時期、欧米ではどんなことが起きていたのかなど、世界における江戸時代の江戸の状況が記されている。本の副題にもあるように、“今こそ見直されるべき日本人の知恵”について考えさせられる1冊。
 

・徳川恒孝さんが2003年に設立し、理事長を務める
「財団法人・徳川記念財団」のHP: http://www.tokugawa.ne.jp/j/index.htm

・徳川さんが役員をなさっている
WWF(世界自然保護基金)ジャパンのHP: http://www.wwf.or.jp/

・徳川さんが理事をなさっている
WWFインターナショナルのHP: http://www.panda.org/

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オープニング・テーマ曲
「ACOUSTIC HIGHWAY / CRAIG CHAQUICO」

M1. OLD WAYS / NEIL YOUNG

M2. WATCHING THE RIVER RUN / LOGGINS & MESSINA

M3. TO LOVE SOMEBODY / THE BEEGEES

ザ・フリントストーン・インフォメーション・テーマ曲
「THE CARRIAGE ROAD / JIM CHAPPELL」

M4. WALKIN' IN THE SUNSHINE / NITTY GLITTY DIRT BAND

油井昌由樹ライフスタイル・コラム・テーマ曲
「FLASHES / RY COODER」

M5. HANDLE WITH CARE / TRAVELLING WILBURYS

M6. BLUE BAYOU / LINDA RONSTADT

M7. THIS ISLAND EARTH / THE NYLONS

エンディング・テーマ曲
「THE WHALE / ELECTRIC LIGHT ORCHESTRA」
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