2007年6月17日

海洋冒険家・白石康次郎さんの
世界一過酷なヨットレース「5オーシャンズ」奮闘記・パート1

今週のベイエフエム/ザ・フリントストーンのゲストは白石康次郎さんです。
白石康次郎さん

 年に一度開催されている歴史的な世界一周のヨットレース「5オーシャンズ」。このヨットレースは灼熱の赤道海域から荒れる南氷洋まで、たった1人でヨットを操り、ゴールを目指すという過酷なレースなんですが、この度そんな「5オーシャンズ」に参戦し、総合第2位という好成績を収めた海洋冒険家の「白石康次郎」さんをゲストにお迎えして、改めて、今回のレースを振り返ります。今週はそのパート1です。

多田雄幸さんの門を叩いてからがスタート

白石康次郎さん
ゴールしたときの白石康次郎さん
(写真:矢部洋一)

●白石さん、まずはおかえりなさい!

「無事に帰ってまいりました! 色々、応援ありがとうございました」

●総合第2位でのフィニッシュ、おめでとうございます。

「エイミーさん、驚いたでしょ?」

●ねー!

「本人が一番ビックリしていますよ(笑)」

●(笑)。帰国されて半月くらい経ちましたが、2位でフィニッシュした余韻に浸る時間はありますか?

「ほとんどないですね(笑)。ヨットで世界一周したという気はしていないんです。帰ってきたというよりは、すぐに日常に戻っている感じですね。世界一周したのが遠い昔のようです」

●白石さんにとっては世界一周すること自体がそんなに珍しいことでもないですもんね(笑)。

「そうですね(笑)」

●公式に言うと、3回目の世界一周ですからね。でも、世界一周のヨットレ−ス「5オーシャンズ」っていうのは、前にもお話をうかがっていますけど、準備段階からすごく大変で、レースが終わった瞬間から次のレースの準備が始まるくらいの勢いじゃないですか。で、去年の10月にスペインのビルバオをスタートして、オーストラリアのフリーマントルまでが第1レグということでレースがスタートしたわけなんですけど、それ以前にも色々あったと思うんですね。その前のレース「アラウンドアローン」の頃にはクラス2のレースに出場して、それが終わったあとにクラス1で挑戦するぞって即、決めていましたよね?

「即というか、高校生の頃にこのレースに出たいと思って多田雄幸さんのところに弟子入りした当時から、ずっとクラス1には出たかったですね。当初の目的がこのレースだったんです。まず、世界一周だったんですけど、うちの師匠とヨットレースに携わっていて、やっぱりトップクラスにエントリーして走りたいという思いは18歳の頃からありましたね。例えば、F1のレースに出たいと思っても、F1にすぐには乗れませんからね」

●一気には無理ですもんね。

「そうですね。だから、ずっと前からこのレースが目標だったということですね」

●実は、船の準備をするためにフランスに出発する直前、去年の4月にこの番組に出ていただきましたが、「5オーシャンズ」に出る意味についてこんな風におっしゃっていました。

(2006年4月9日放送分より)
「前回のレースは自分の中でまとめると、『白石康次郎、夢叶いました。』っていう感じなんです。文章で言うとね。で、いよいよここから自分のレースが始まる。前回は多田さんや造船所の世話になった人達、フリントストーンのみなさんもそうです、名も知らない僕が色々な人にお世話になって、やっと出て『ありがとうございました!』というレースだったように思います。これからはいよいよ、白石康次郎として師匠よりも上のクラス1に出場するわけですから、本当の自分が試されるものになるんじゃないかと思います」

白石康次郎さん
第3レグのスタート。(写真:矢部洋一)

●と、おっしゃっていました。

「言いました!(笑) 懐かしいねー!」

●1年以上前になりますからね。

「1年前っていうか、随分前に話した感じがしますね」

●そのお話をうかがったときには、すでに準備としてスポンサー探しとか、船の準備とか色々あって、肉体的にも精神的にも金銭的にも大変な日々が続いたわけなんですけど、今振り返ってみて、レースがスタートするまでが一番しんどかったですか?

「考えてみると、実質クラス2に出場して終わって、4月くらいにフランスを発ったのが現場のスタートなんですけど、その前のスポンサー獲得とかは、多田さんの門を叩いてからがスタートだということを感じますね。要するに積み重ねなんですよね。その積み重ねでここまで来たというのを、今回さらに実感しましたね。小さなものが積み重なって、大きなものになるんですね。よく『スポンサーはどうやって探すんですか?』って聞かれるんですよ。スポンサーを探すテクニックとか、方法論っていうのはないですね。もし、それがあるなら私が一番知りたいですから(笑)」

●フリントストーンも知りたいです!(笑)

「そうでしょ?(笑) そんな魔法があるのであればね。特に僕のようなヨットレーサーっていうのは非常にリスクが高いですよ。ハイリスクですね。で、1000万をくれたら2000万を返しますよっていう仕事でもないんですね。『1000万円くれても、もしかしたら死んでしまうかもしれませんよ。それでもやりますか?』という仕事なんですね。それでも、出してくれる人がいるんですよ。要するに、スポンサーを獲得するのはテクニックではなくて、それだけの多額な金に値する人間か否かなんですね。それで、向こうが『お前に出そうか』となるかどうかという話なんですね。これは、1日や2日の作業ではないんですよ。要するに、なぜ前回スポンサーがついたのかというと、その前の世界一周から云々があって、アドベンチャーレースがあって、それが評価されて、その十何年間の僕を見ていて、初めて前回のレースにお金を出してくれたんですね。で、前回のレースの走り方とか、私の行動を見て、それだったらということで、次のステップでお金を出してくれるんですね。全ては積み重ねによるものなんです。だから、簡単に言えば、種をまいて、花は急には咲かないんですね。これからアサガオの季節だけど、芽が出るまで時間がかかって、上へ伸びれば伸びるほど下に根が張って、水をやって、肥料をやって、何日もかけてやっときれいな花が咲くんですね。大輪の花を咲かせたければ、それだけ多くの手間もいるし、見えない影の根っこというのも大きいんですね。だから、多田さんに弟子入りしてからの22年間振り返ってみますと、それを一番感じましたね。今回は、それをさらに確信したっていう旅でした」

波乱万丈の第1レグ

白石康次郎とベルナール・スタム
ゴール直後のベルナール・スタムと白石康次郎。
(写真:矢部洋一)

●今回の世界一周ヨットレース「5オーシャンズ」はクラス1のみのレースだったんですか?

「クラス2も1人いました! グラハム・ダルトンというのが50フィートの船で参加していましたね。みんなで相談して『どうする?』って言っていたんだけど、せっかく出たいっていうんだから、出てもいいですよということで1艇での参加になりました。面白いのが、1年前に主催者が出たい人の会としてスペインで一席設けたんですね。そのときは25人集まりました。で、実際にスタートラインに立ったのが8人。で、スタートを切ったのが7人。で、帰ってきたのが4人です。今回、過酷でしたね。厳しいレースでしたよ」

●その過酷っていうのは、レース自体も過酷だと思うんですけど、最初に出たいと言った人からスタートラインに立つまでの人数の減り具合というのは、船とか、クルーの健康面の審査っていうのがすごく厳しいっていうことなんですか?

「厳しいです。大体、スタートするまでが人間界の大冒険なんですよ。要するに、新艇で約3億円の船ですよね。トップ・チームは6億円の資金を投じていました。で、2番目の洋服メーカーのヒューゴ・ボスが年間4億円で動いていました。で、僕らが3億円弱。半額のバジェットしかなかったんですね。で、それで船を買って、テスト・セーリングして、レースの安全検査がものすごく厳しいんですね。船をひっくり返して、復原力のテストをしたり、数々の検査をパスするまでに相当な労力が必要です。資金もそうだし、時間もかかるんですね。で、それをパスした人間っていうのが8人しかいなかったですね。で、そこから1人減ったのは、スタートに来たけど安全検査で車検が通らなかったからなんですね。その場で1艇失格になりました」

●その人にとってはつらいですね。

「今までもスタートできるのは大体半分なんですよ。立候補をして、エントリーをして、スタートできるのが半分なんだけど、今回はさらに厳しかったですね。時代の流れっていうのもあって、景気も厳しかったし、最初から相当厳しいレースでしたね」

●それでも、去年の10月22日にはスペインのビルバオから、審査をパスした7艇がスタートを切って、第1レグが始まったわけですが、第1レグは波乱の幕開けでしたね。

「そうでしたね。スタートして、次の日に大体45ノットくらいのストームが来るというのはみんな分かっていたんですね。で、『向かい風で嫌だな』と思っていたんですよ。で、そのストームが急に台風並みに発達したんです。朝はベタなぎで風が全然なかったんですよ。で、昼を過ぎたら70ノットだったから、瞬間風速でいったら35メートルくらいで台風並みですよ。吹き上がって、生き残ったのがトップのベルナールと僕の2艇。他のみんなは船を壊して引き返したという。レースがスタートして2日目ですよ。波乱のスタートになりましたね」

世界一周ヨットレースの最大の魅力とは?

●第1レグを振り返ると、2日目の台風並みだったという気象状況が一番キツかったですか?

「第1レグを振り返ると、まず最初のストームを乗り切ったことが、後半のレース展開にとって大きかったですね。その後、みんながレースに復帰して、トップ・チームが僕にどんどん追いついてくるんですね。でも、意外といいレースをしていましたね。で、僕の船が一番古いんですよ。中古ですしね。でも、最新の6億円、4億円をかけた船と同じフリートの中にいたんですね。で、同じくレースできたっていうのがビックリしたというか、『意外とイケるんだな』と思いましたね。当初は2位集団3位集団といった全然違うグループにいるんだなと。そしたら、あるときトップ集団にいたんですね。それによって自分としても自信が持てたし、驚きでしたよ。サポート・チームもみんな驚いていましたよ。『康次郎、あの船で意外とやるぞ』と(笑)」

●(笑)。第1レグはおよそ46日間かけて、2位でオーストラリアのフリーマントルにフィニッシュしました。

「そうですね。これも本当は4位だったんだけど、トップ・チームのマイク・ゴールディングと、ヒューゴ・ボスといったお金を持っているチームからリタイアしていきましたね。キール・トラブル、マスト・トラブルでね。で、僕らが救助に向かってね。だから、最初のストームといい、その救助劇といい、波乱の第1レグでしたね」

白石康次郎さんと仲間
表彰式での4人。
左から4位のサー・ロビン・ノックスジョンストン、3位のウナイ・バスルコ、2位の白石康次郎、1位のベルナール・スタム
(写真:矢部洋一)

●こういう過酷なレースに出ると、ライバルでありながら仲間でありっていう、最高のライバルっていうのが仲良くなるじゃないですか。前回の「アラウンドアローン」のときも、スキッパー同士がかなり仲良くて絆も強かったってうかがっていたんですけど、今回はどうでしたか?

「このレースの特徴で、このレースはみんな1人でしょ。やっぱりみんな過酷なんですよ。で、もう1つ、港に寄りますよね。すると、またどんどん仲良くなるんですよ。出発前はみんな『頑張ろう!』とか言わずに『Sailing Safe』って言うんですね。とにかく『生きて次の港で会おう』と。最後になっちゃうかもしれませんからね。で、みんなと握手してスタートしていくんですね。実際、第1レグではアレックスというイギリスの選手のヨットが航行不能になってしまって、僕とマイクが助けに行くんですよ。で、明日は我が身ですよね。自分の船が明日壊れるかもしれない。そういうところは周りに船がいないんですね。お互いに助け合うんですよ。だから自然と絆が深まるんですね。同じ苦労を共にしたし、スポンサー集めも大変だったし、確かにみんなライバルなんだけど、海に一度出てしまえば最高の友人であり、家族なんですね。これがずっと続くんですよ。実は、アメリカで前回の船の仲間が全員集まりました。みんな来てくれてね。『アラウンドアローン』のときに戦ったクラス2の仲間がみんな来てくれて、肩を抱き合って喜びましたよ。僕だけ唯一、連続して大会に出ていたんですね。で、みんなで乾杯をして、素晴らしい夜でしたよ。みんな『康次郎よくやったな。今度はクラス1おめでとう』っていうことで来てくれて、生涯続く仲間なんですね。これが、このレースの最大の魅力ですね」

屈辱の第2レグ

白石康次郎さん
第3レグ中の白石康次郎さん
(写真:白石康次郎)

●白石さんってレースが始まってすぐは船酔いしたりとか、色々あったじゃないですか。食事とか睡眠とか体調面はどうだったんですか?

「今回、レグが少ないので一航海が約2ヵ月と長かったんですね。で、スタート前はどのスキッパーもまず食べます。とにかく食べて、太っていくんですね。僕の場合で言うと91キロくらいまで太っていって、港に着いたら大体80キロに落ちていますね。毎回10キロくらいは落ちています。1人なので体調を崩しても交代要員がいないですから、健康はものすごく大切で、一番気を使っていましたよ。ただ、燃料は限られているし、水も限られているし、電気があるわけではないので、冷蔵庫がなくて野菜が摂れないんですね。なので主に非常用の食料なんですが、日本人でよかったなと思ったのがお米ですね。お米を乾燥させたものがあったので、それが一番よかったですね」

●そういう意味では大きく体調を崩すこともなく、今は体重も普通に戻りました?

「普通というよりも、完全にスタート前以上になっていますね(笑)。『お前、もう1周してこい!』っていうくらいの体重に戻っちゃっていますが(笑)、一度も健康を崩す事なくレースが出来たのはよかったと思いますね」

●そんな中で、オーストラリアのフリーマントルに着いた2艇のうちの1艇が、白石さんのスピリット・オブ・ユーコー号。実は白石さんが日本を出発する前にお話をうかがったんですが、そのときにこのレースに関してこんなことをおっしゃっていました。

「証拠テープですね!(笑)」

(2006年4月9日放送分より)
「個人的には水になること。水になるっていうのが僕のテーマでね。これは居合道の先生から『水になれ』という宿題を頂いたんです」

●その言葉を聞くだけでも、かなり深そうですね。

「深い。水になるんです。『白石君、前回のレースは楽しかったか?』と聞かれて、『はい。楽しかったです』って言ったんですよ。すると『それじゃ、ダメだ。“楽しい”っていうのは水じゃないだろう。第三者だろう。お前が水になれ!』って言われたんです」

●カッコイイー!

「『楽しいもクソもない! お前が水になれ!』と言われたんですね。大好きな師匠です。それが僕の心の中のテーマなんです」

●第1レグが波乱の幕開けで「楽しいもクソもない」っていう部分は合っていたと思うんですが(笑)、その時点で水になってきているなと感じていましたか?

「僕が着ている服とかには『天、水のごとし』って書いてあるんですね。でも、今回振り返ってみて、程遠かったですね(笑)。そう簡単にはできませんよ、これは。ただ、意外に手ごたえは感じましたよ。今回、水にはなれませんでしたけど、手ごたえを感じて、何が大切で何をやるべきかというのが見えてきた感じがしましたね」

●それは、第1レグの時点でその手ごたえを感じていたんですか?

「第1レグではまだですね。第1レグはまだ必死ですからね。だから、レースが終わって振り返ってみてですね。波乱万丈の第1レグでしたから、必死に食らいついていったのが第1レグでしたね」

●そして、第2レグが今年の1月14日から始まったわけなんですけど、オーストラリアのフリーマントルからアメリカ東海岸のノーフォークまでという一番長いレグでした。第2レグはどういうレグでしたか?

「第1レグで思わず2位に入ってしまったわけですよ。で、レース展開も結構健闘したし、『康次郎、お前意外とイケるぞ!』と、当然周りは期待するんですよ。なので必死に整備して、オーストラリアでは非常にいい整備が出来ましたね。で、いよいよ今度はトップにどんどん食らいついていけということで行ったんですが、第2レグは屈辱のレグでしたね。ちょうどトップと僕の間に高気圧が割り込んできて、ものの見事に僕だけが捕まったんですね。だから、ほんのちょっとの判断ミスとか判断の遅れによって、これだけ差がつくのかとレースの厳しさを痛感しましたね。これは厳しかったです。逆に1位のベルナールにとってはあれほどいいレースはなかった。レコード・タイムくらい早かったですから。これは記録的でしたね。驚きましたもん。あれだけのスピードと、あれだけのフォロー・ウィンドを得られるとやっぱり早いですよ。ベルナールは本当に幸運の連続だったんですね。僕は悪い方悪い方に転んでいきましたね」

●ノーフォークからお話をうかがったときも、白石さんはこのようにおっしゃっていました。

(2007年4月15日放送分より)
「2位にはなりましたが、結果オーライではないですね。確かにポジティブに考えれば、船のダメージもなく、2位に入ったというのはとても嬉しいことなんですが、やっぱり自分の思うように走れなかったですし、1位との差も開きましたし、レースとしては散々な内容でしたね。一番良かったことは、2位になったことや無事っていうことよりも、とてもいい勉強をしたんですよ。レースのテクニックだとか船の走り方、そして、いかに気持ちを乱さないかとか、長い目で見れば、このレグの大きな失敗が僕を大きく成長させてくれるものだと思っています」

白石康次郎さん

●と、おっしゃっていました。

「いいコメント! その通り!(笑)」

●「2位で終わって、結果オーライでしたね」っていうのに対して、「そうではなかった」というお話でしたね。

「まさに、今のコメント通りですね。今、言った通りのことが第3レグに表れるんですよ」

●その次の第3レグは来週、続きをうかがえればと思っているので、みなさんもお聞き逃しなく! 白石さん、今日はどうもありがとうございました。

■このほかの白石康次郎さんのインタビューもご覧ください。

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■海洋冒険家・白石康次郎さんのホームページ

 白石さんのホームページには近況や今後のメディア出演予定なども載っています。また、ブログのページには、「5オーシャンズ」の航海中の出来事などが、写真と共に詳しくアップされているので、是非、チェックしてみてください。レース中の白石さんの心境なども綴られています。

・白石康次郎さんのHPhttp://www.kojiro.jp/

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オープニング・テーマ曲
「ACOUSTIC HIGHWAY / CRAIG CHAQUICO」

M1. SEE YOUR SUNSHINE / PAUL McCARTNEY

M2. LET'S GO 'ROUND AGAIN / AVERAGE WHITE BAND

M3. 太陽はやってくる〜especially for Kojiro Shiraishi〜 / JAYWALK

ザ・フリントストーン・インフォメーション・テーマ曲
「THE CARRIAGE ROAD / JIM CHAPPELL」

M4. YOU'RE MY BEST FRIEND / QUEEN

M5. SAILING / CHRISTOPHER CROSS

油井昌由樹ライフスタイル・コラム・テーマ曲
「FLASHES / RY COODER」

M6. THE 59TH STREET BRIDGE SONG (FEELIN' GROOVY) / SIMON & GARFUNKEL

エンディング・テーマ曲
「THE WHALE / ELECTRIC LIGHT ORCHESTRA」
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